東京地方裁判所 昭和43年(ワ)7561号 判決 1969年1月16日
原告
光沢九二三
原告
光沢昭一
代理人
久保田昭夫
岡本敦子
被告
相川初男
ほか二名
代理人
菊地政
増沢照久
主文
被告らは各自、原告光沢九二三に対し金二〇二万九、〇〇四円および内金一八四万九、〇〇四円に対する、原告光沢昭一に対し金四六万三、六七〇円および内金四二万三、六七〇円に対する昭和四三年七月一一日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各連帯負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告ら――「被告らは各自、原告光沢九二三に対し金四三七万八、九一九円および内金三九八万八、九一九円に対し、原告光沢昭一に対し金七九万五、六七〇円および内金七二万三、六七〇円に対し、それぞれ昭和四三年七月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言
二、被告ら――「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第二、請求原因
一、(事故の発生)
昭和四一年八月一二日午前一時頃、原告光沢九二三(クニミ以下原告九二三と略称)は訴外北原門の運転する軽自動車スバル(八練い四二八三号、以下原告車と略称)の後部座席に同乗して甲州街道を日野方面から八王子方面に向つて進行していた際、日野市多摩平六丁目四一番先の交差点において、被告相川初男(以下被告相川と略称)の運転する貨物自動車(山梨四は五一〇四号、以下被告車と略称)が後方より進行して来て原告車に衝突し、その勢により原告車をして先行車のトヨペットバン(多四せ二四四三号)に追突させた。右事故により、原告九二三は入院加療一二七日を要する頭部顔面、左前腕挫創、両下腿挫傷、硬膜下水腫の傷害を受けた。
二、(責任原因)
(一) 原告相川の過失
本件事故は、被告相川が居眠り運転をし前方不注視、安全運転義務を怠つたことによる過失に基くものである。
(二) 被告川崎竹雄(以下被告川崎と略称)の地位
被告川崎は被告車の所有者であつて、これを自己のために運行の用に供していたものであつた。
(三) 被告有限会社協和陸送(以下被告会社と略称)の地位
被告会社は被告車を使用しこれを自己のために運行の用に供していたものであつた。
三、(原告九二三の損害)
(一) 治療費等
1 仁和会八王子病院関係 三一万四、二四六円
2 順天堂医院関係 四〇万九、一七〇円
3 入院中の氷代 一万四、〇六〇円
4 交通通信費 一万五、一九五円
(二) 温泉療養費
1 昭和四二年八月以降同四三年五月までの宿泊費、マッサージ代、鉱泉代金等 一三万六、八四三円
2 昭和四三年六月以降三〇年間の宿泊費、マッサージ代、鉱泉代金等 二七〇万三、〇〇〇円
医師の指示によれば、今後年二回各一ケ月の温泉治療が必要である。ところで、原告九二三は大正一二年六月生れであるから、昭和四三年後半以降平均余命を29.95年として少なくとも今後六〇回の療養を要する。一回の費用は宿泊費、交通費、マッサージ代等を含めて七万五、〇〇〇円以上を要するので、年ごとのホフマン式計算により左のとおりの損害額となる。
(75,000円×2)×18.02(30年のホフマン式係数)=2,703,000円
(三) 入院中の附添婦の賃金および手数料 一一万六、五〇〇円
(四) 氷のうサラシ、診断書料金等その他の入院雑費 二万二、九〇五円
(五) 慰藉料 四〇〇万円
原告九二三は、本件事故後直ちに仁和会八王子病院に入院し、手術および治療を受け小康を得たので、昭和四一年一〇月二九日退院し、以後通院を続けたが、視力障害、歩行障害、知覚障害があらわれたので、順天堂医院において検査を受けたところ、硬膜下血腫との診断で、同年一一月二五日同医院に入院し、水腫除去手術を受け、昭和四二年一月一一日退院した。その後現在に至るまで通院を続けており、加えて医師の指示により、マッサージ、温泉療法を行なつているが半身不随の状態はもはや治癒の見込はなく、後遺症として顔面、左前腕、左耳後部に創痕があつて、顔面に醜状を残し、左半身不全麻痺、知覚異常、脳波異常、左外眼筋不全麻痺、精神機能低下、運動性失語症などの症状が残存し、東京労災病院で身体障害等級表の第二級に該当するものと診断された。
すなわち、原告九二三は四三歳にして半身不髄の廃人となり、労働能力は一〇〇%喪失し、日常の起居にも人手を煩らわさなけれなならない状態で、その精神的苦痛は甚大である。
右の諸事情に鑑み、原告九二三の慰藉料は、四〇〇万円が相当である。
(六) 損害の一部填補
原告九二三は、被告相川より合計七万五、〇〇〇円自動車損害賠償責任保険より五〇万円の支払を受けたので、これを治療費に、同じく責任保険より後遣症の補償として金一五〇万円を受領しているので、これを慰藉料に充当した。
(七) 弁護士費用
以上により、原告九二三は、五六五万六、九一九円の損害賠償請求権を有するところ(二)の(2)については内金一〇〇万円のみ、したがつて、合計三九五万三、九一九円を請求するものであるが、被告らは任意に支払わないので、訴訟の提起と追行を弁護士久保田昭夫、同岡本敦子に委任し、その着手金として昭和四三年七月三日に金三万円を支払い、成功報酬として一割に当る三九万五、〇〇〇円を支払うことを約した。
四、(原告光沢昭一(以下原告昭一と略称)の損害)
(一) 洋品店「シナノヤ」経営上の損害 二二万三、六七〇円
原告九二三は夫である原告昭一の経営する洋品店「シナノ屋」で客の応待、仕入、帳簿の整理、製品の縫い直しなどの仕事に携わり、その営業に多大の貢献をしていたが、本件事故により労働能力を喪失したため、原告昭一は原告九二三の代替者として女店員を雇傭することを余儀なくされ、その賃金相当の損害を蒙つた。その額は、昭和四一年八月一三日以降同四二年五月三一日までに賃金および手当として二二万三、六七〇円である。
(二) 慰藉料 五〇万円
原告昭一は、妻である原告九二三が本件事故によつて廃人同様の状態になつたため、一生その治療に心を配り、現在中学校に通う子供の監護養育も原告昭一が一人でその責任を負わねばならなくなつた。しかも、前記のように営業の協力者を失うことにより、昭和二六年結婚以来の家庭および経済生活は完全に破壊され、その精神的打撃は甚大で死亡の場合に比肩すべきものである。よつて、慰藉料としては五〇万円が相当である。
(三) 弁護士費用
以上により、原告昭一は、七二万三、六七〇円の損害賠償請求権を有するところ、被告らは任意に支払わないので、訴訟の提起を弁護士久保田昭夫、同岡本敦子に訴訟の提起と追行を委任し、成功報酬として一割に当る七万二、〇〇〇円を支払うことを約した。
五、(結論)
よつて、原告九二三は四三七万八、九一九円および弁護士費用を除いた三九八万三、九一九円につき、原告昭一は七九万五、六七〇円および弁護士費用を除いた七二万三、六七〇円につき、いずれも本訴状送達の日の翌日である昭和四三年七月一一日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告らの答弁
一、請求原因第一項中、原告九二三の傷害の部位、程度は不知、その余は認める。
二、請求原因第二項中、
(一) 被告相川の過失は認める。
(二) 被告川崎が被告車の所有者であることは否認する。すなわち、被告車の実質上の所有者は被告会社の社長である樋口辰雄であつて、被告川崎は右樋口の依頼により単に形式上の所有名義人となつているに過ぎず、樋口が代金を調達して被告車を購入して管理支配し、被告会社に使用していたものである。したがつて、被告川崎は被告車に対し運行支配権も運行による収益権も有しないので、自賠法三条の運行供用者として責任は存しない。
(三) 被告会社が被告車を使用して、これを自己のために運行の用に供していたことは認める。
三、請求原因第三項中、(一)ないし(四)は不知、(五)の中、原告九二三が仁和会八王子病院に入院したことは認め、その余の事実は不知、(七)の委任契約は不知、なお弁護士の着手金は仮に支払義務があるとしても、弁護士一人に委任すれば自己の権利は擁護できるので二人分の支払義務はない。(六)は、填補は認め充当関係は不知。
四、請求原因第四項中、(一)(三)は不知、(二)の慰藉料請求の基礎となる事実は不知、慰藉料請求権は否認する。民法七一一条の反対解釈から、傷害の場合には配偶者には慰藉料請求権は発生しない。なお、本件の傷害は未だ生命侵害に比肩すべき、又は右場合に比して著しく劣らない場合には当らない。(三)の委任契約は不知。
第四、証拠<略>
理由
一、(事故の発生)
<証拠>によれば、原告九二三は本件事故により頭部、顔面、左前腕挫創、両下腿挫傷、硬膜下水睡の傷害を受け、事故当日の昭和四一年八月一二日から同年一〇月二九日まで七九日間仁和会八王子病院に入院し、更に同年一一月二五日から翌四二年一月一一日まで四八日間順天堂医院に入院したことが認められ、請求原因第一項のその余の事実は当事者間に争がない。
二、(責任原因)
(一) 本件事故が被告相川の過失によるものであることは当事者間に争がない。
(二) 被告川崎は、同被告が被告車の所有者であることを否認するが、被告車が同被告の所有名義で登録されている限度においては当事者間に争がない。ところで、登録された自動車の所有権の得喪、抵当権の得喪変更の対抗要件としては登録が必要であり(道路運送車両法五条、自動車抵当法五条)、登録された自動車の権利関係は登録によつて公示されるのであるから、不動産登録簿と同様登録には推定力があり、したがつて同被告は被告車の所有者であることが推定される。しかるに、被告川崎は被告車の所有者は樋口辰雄であると主張するだけで、右の推定を覆えす証明はない。そこで、同被告は被告車の所有者というべきである。
ところが、同被告は、本件事故の時点において被告車の運行支配、運行利益を喪失していたことについて何らの主張立証をしない。
したがつて、被告川崎は被告車の運行供用者であつたと云わなければならない。
(三) 被告会社が被告車の運行供用者であつたことは当事者間に争がない。
(四) 以上により、被告相川は直接の不法行為者として民法七〇九条により、被告会社および被告川崎は運行供用者として自賠法三条により、不真正連帯債務者として、原告らの蒙つた後記損害を賠償する責任がある。
三、(原告九二三の損害)
(一) 治療費等
1 仁和会八王子病院関係
<証拠>によれば、原告九二三は同病院に治療費として合計三〇万九、三八一円を支払つたことが認められる。
2 順天堂医院関係
<証拠>によれば、原告九二三は同病院に治療費として三三万五、七七〇円を支払つたことが認められる。
3 入院中の氷代
<証拠>にも氷代の記載はなく、本件全証拠によるも氷代金出費の証明がない。
4 交通通信費
<証拠>によれば、原告九二三は、田中脳神経外科への通院のため、交通費として昭和四三年八月二七日から同年一一月二七日までの間に一万〇、五二〇円を支出したこと、その後も右病院と中村橋整骨院に隔日に通院しており、そのためのタクシー代として一日四〇〇円ないし四四〇円を要すること、その回数は一五日を上廻ることが認められるので、交通費全体としては原告主張の一万五、一九五円を上廻ることが認められる。
(二) 温泉療養費
1 昭和四二年八月以降同四三年五月までの宿泊費、マッサージ代、鉱泉代金等
<証拠>によれば、同原告は順天堂医院の医師の勧告により、昭和四二年一〇月から一一月にかけて一回と昭和四三年五月に一回、山梨県下部温泉で療養し、宿泊代およびマッサージ代として計一二万四、二五三円を支出したことが認められ、右支出は、本件交通事故と相当因果関係に立つものと認められる。その他、鉱泉代金を支出していることも認められるが、鉱泉については医師の勧告があつたものとは認められず、その支出までも本件交通事故と相当因果関係にあるものとは認められない。
2 昭和四三年六月以降三〇年間の宿泊費、マッサージ代、鉱泉代金等
<証拠>によれば、前記医師の勧告は将来何年という具体的勧告ではないことが認められ、又昭和四二年一月一一日に退院して後は順天堂医院では診察、治療を受けていないことが認められる。したがつて、本件全証拠によるも、昭和四三年六月以降温泉療法が必要ないし有効である旨の立証はないものというべく、その療養費の賠償を認められることはできない。
(三) 入院中の附添婦の賃金および手数料
<証拠>によれば、原告九二三は、入院中の附添婦の賃金および手数料として一一万六、五〇〇円を支出したことが認められる。
(四) 入院雑費
<証拠>によれば、原告九二三は入院中に諸雑費として八万円以上を支出したことが認められるが、本件交通事故による損害として相手方に賠償をさせるべき金額としては、入院期間が前記認定のように一二七日であることに鑑み、原告主張どおり二万二、九〇五円と認めるのが相当である。
(五) 慰藉料
原告九二三は、前記の如く本件交通事故による傷害を治療するため仁和会八王子病院および順天堂病院に合計一二七日入院したものであり、<証拠>によれば、原告九二三は順天堂医院において水腫除去手術を行なつたこと、それにも拘らず、後遺症として、顔面、左前腕、左耳後部に創痕があり、総括的に醜状と認められ、左半身不全麻痺、知覚異常、脳波異常、精神機能低下、運動性失語症などの症状が残存し、総合して、身体障害等級表の第二級に該当すること、同原告は日常家事労働も殆どできず、極く短時間の歩行が辛じてできる程度で、症状は固定していることが認められる。
以上の諸事実を総合すると、同原告の慰藉料は、三〇〇万円が相当である。
(六) 損害の一部填補
以上により、原告九二三は、(一)ないし(五)の合計三九二万四、〇〇四円の損害を蒙つたこととなるが、同原告が被告相川より七万五、〇〇〇円自動車損害賠償責任保険より二〇〇万円を受領していることは当事者間に争がないのでこれを控除すると、損害の残額は一八四万九、〇〇四円となる。
(七) 弁護士費用
右の如く、原告九二三は、一八四万九、〇〇四円の損害賠償請求権を有するところ、<証拠>によれば、原告九二三は、被告らは任意に支払わないので、訴訟の提起および追行を原告ら代理人両名に委任し、着手金として三万円を支払つた他に成功報酬として三九万五、〇〇〇円を支払うことを約したことが認められるが、本件訴訟の経緯、殊に訴額、認容額に鑑みれば、被告らが賠償すべき全額としては、一八万円が相当である。
四、(原告昭一の損害)
(一) 洋品店「シナノヤ」経営上の損害
<証拠>によれば、原告主張どおり、二二万三、六七〇円の損害が生じたことが認められる。
ところで、民法七〇九条、自賠法三条は、事故により直接的被害者の身体が傷害を受けたことにより、第三者が間接的に損害を受けた場合にも、その間に相当因果関係が存する以上、間接被害者たる第三者にも損害賠償請求権を否定しているものではない。
前記証拠によれば、洋品店「シナノヤ」は原告昭一の個人商店で、本件事故前には原告九二三が家族の一員として積極的に営業に貢献していたこと、原告両名は夫婦であつて経済的同一体をなしていることが認められるので、原告九二三の負傷と原告昭一の損害とは相当因果関係があるものというべきである。
(一) 慰藉料
原告九二三の身体障害の程度は、前記のとおり第二級であること、<証拠>によれば、原告昭一としては、原告九二三の夫として一生涯原告九二三の治療に心を配り、現在中学校に通う子供の監護養育も一人で全責任を負わなけれなならなくなつたことが認められる。その他、諸般の事情を考慮すると、原告昭一の精神的苦痛は、妻である原告九二三が死亡した場合にも比肩すべきものということができ、原告昭一にも固有の慰藉料を認めるべきであり、その額は諸般の事情殊に原告九二三にも三〇〇万円の慰藉料を認めたことを考慮すると、二〇万円を以て相当と認める。
(三) 弁護士費用
右の如く、原告昭一は四二万三、六七〇円の損害賠償請求権を有するところ、前項同様に訴訟提起と追行を委任し成功報酬として七万二、〇〇〇円を支払うことを約したことが認められるが、被告らが賠償すべき金額としては、四万円が相当である。
五、(結論)
よつて、原告九二三は二〇二万九、〇〇〇円およびそのうち弁護士費用一八万円を控除した一八四万九、〇〇四円に対する、原告昭一は四六万三、六七〇円およびそのうち弁護士費用四万円を控除した四二万三、六七〇円に対する訴状送達の日の翌日であること記録上明白な昭和四三年七月一一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において、原告らの本訴請求は正当としてこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。(篠田省二)